スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

岡山のお出掛け日記  岡山市  『玉井宮』

玉井宮はよく聞くのですが、確か行ったことはないはずです。

よく聞く名前… だけで、行ったような気になりますが(笑)


路面電車の終点の停留所の前の石段を上がっていきます。

ここを上がった記憶はない…
たっぱり初めて来る場所かな。




上がったところに



噴水かな。

水はきれいじゃなかったので、
「噴水」されないかな??




IMG_6518.jpg



岡山市中区東山 『玉井宮』


サイトがありますから こちらへもどうぞ →  『玉井宮東照宮』



階段を上ったら、緩やかな広場があります。
お天気のいい日にお弁当を広げるのにいい感じです。

『玉井宮』はまだ 山の上の方にあるようです。



大きな鳥居が正面に見えます。



IMG_6519.jpg



IMG_6521.jpg





IMG_6520.jpg





狛犬さん  見上げるようにそびえ立ってます!!



IMG_6522.jpg



IMG_6523.jpg






IMG_6524.jpg




お昼が近くなって気温も上がって来ましたので、
石段を上るのはきついですが…

上まで上ると、



IMG_6525.jpg





鳥居をくぐり、参道へと入ると両側に石灯籠が
ずらりと並んでます、が… 



IMG_6526.jpg



なんと、灯籠注意が!!
初めて見ましたよ!!

よくはわかりませんが、
古いものだか、何かのせいで、足元が不安定になってるのかな??

あまり灯籠にしがみついたりすることはないと思いますが、
これが倒れると危険ですから。





参道沿いに 『天満宮』



IMG_6527.jpg






同じく 『荒神社』



IMG_6528.jpg







「さざれ石」        よく見かけますが、



IMG_6530.jpg




IMG_6529.jpg








着きました。 正面に拝殿。



IMG_6531.jpg



IMG_6542.jpg





拝殿の中、青の色が見事に映える 天井画



IMG_6532.jpg





この組み合わせは…  干支ですか??



IMG_6533.jpg





これは   龍かな?!



IMG_6534.jpg





神社らしく、木々に囲まれた社殿の周りを歩いて見ます。

右手の方に  『金龍社』



IMG_6536.jpg




ぐるりと回って、本殿の左後方に 『白龍社』
竜神様を祀ってあるのだそうです。



IMG_6539.jpg



IMG_6538.jpg







本殿です


IMG_6541.jpg





IMG_6540.jpg



IMG_6537.jpg






ぐるりと回って、岐路に着きます。
振り返って  『随身門』



IMG_6543.jpg






鳥居を出ると、駐車場になってるのですが
そこにも小さな社殿があります。



IMG_6545.jpg



IMG_6544.jpg







駐車場の向こう側、駐車スペースと思われますが、
草むらの中にも 、



IMG_6546.jpg






IMG_6547.jpg






IMG_6548.jpg





再び広場から、駐車場を抜け元来た石段を降りました。
石段の上り下りは、暑い時期には大変ですが、

小高い山の上にある神社は 
緑に囲まれ、気持ちよい風が吹き抜け、

よい場所にありますね。






ちなみにー  ウィキペディアよりー


玉井宮は、元来、児島半島東端の児島郡小串村大字光明崎(現・岡山市南区小串)に鎮座していた。
応徳2年(1085年)当地に玉井宮として移転遷座した。
この時の祭神は豊玉比売命1柱のみであったと伝えられている。

玉井宮遷座にはつぎの伝承がある。遷座した年の応徳2年、社頭より夜ごと怪しい光が発せられ、
このため魚が寄りつかなくなり漁師は不漁で困っていた。


そこで神前にお伺いをたてたところ、

「御幣が舞い上がり、飛んで立ったところに遷座するように」との御神託があった。
その御幣が立ったところを幣立山と呼び遷座した。
そして、この宮を「玉井宮」または「玉の宮」と呼ぶようになった。

正保2年(1645年)岡山藩主池田光政は、この地に東照宮を勧進した。
また、玉井宮は前の広場(現在の駐車場)に移転された。
江戸時代になって玉井宮の祭神として、新たに彦火火出見命、玉依比売命の2柱が合祀された。

上記のように、玉井宮と東照宮は場所を同じくしていたが別々の神社であった。
明治時代になり、明治14年(1881年)玉井宮と東照宮が合祀された。
社名は玉井宮東照宮となり、県社に列格した。
明治33年(1900年)旧玉井宮の建物を移転し、拝殿の建立が行われ、境内が整備された。

太平洋戦争末期の昭和20年(1945年)6月29日未明の岡山空襲では、
本殿や鳥居に焼夷弾が落下し一部破損したが概ね無事であった。

平成元年(1989年)1月31日未明に不慮の火災により、幣拝殿・神饌所・社務所・参集所などを焼亡した。
その後5年の歳月を掛けて再建された。





ちょうどお昼時になりましたので、
広場の隅にあるベンチに腰掛け、昼食。

先ほど買ってきた、大きなおにぎり、美味しかったです。

遠足気分で外で食べるからですかね(^^)




それから、元の電車通りへ降りて、
徒歩でもすぐのところにある 『東湖園』に行きました。



が、本日休園でした!!


行ったのが、木曜日、休園は水曜日とあったのですが、
臨時休園??

せっかく来たのに~~






と、隣の 『円満院』へ


小さなお寺ですが (私は好きですよ~~)



本堂でしょうか。


IMG_6551.jpg




おおー  五重塔。


IMG_6552.jpg





季節の花が植えられてて、お手入れされてましたね。
これ ガクアジサイじゃないかと思いますが、
あまり見たことにない種類でした。
葉の緑と白の対比がきれいでしたね。

本堂の前に。



IMG_6550.jpg







で、ここまでで、今日のお寺巡りは終了。

また電車に乗って帰りました。
(路面)電車のお寺巡りは 初めてだったかな。

路面電車そのものが、そんなに走ってませんからね。



お天気も、曇りのまま、時々日差しが差す程度でしたが、
だんだんと、日差し(紫外線)や、高温が気になって来ますね~



これから特に、水分補給が大切になります。
冬場は乾燥するし、
出掛ける時はかならず 水分(お茶など) 携帯してます。





さて お次は??





関連記事
スポンサーサイト

テーマ : 岡山県
ジャンル : 地域情報

コメントの投稿

非公開コメント

すごいなぁ・・

いろいろ回られたんですね。
前々回ブログコメントへのご返事ですが、私は、内山下幼稚園(今の県立図書館の隣)でした。
近所のお寺めぐりは、余りしてないです。
時間を作って、ゆっくり回りたいと思います。

梅さま

いつもありがとうございます!!

内山下でしたか(^^)
岡山城が目の前でいい景色ですよね。
林原美術館へ行く時に前を通りますよ。
   (ちなみ私は、南方幼稚園でした)

近場にあると、かえって行かないかもしれないですね。
「行きたくなったらいつでも行ける!!」というのが
あるからですかね!?

またお時間ありましたら、ゆっくり回ってみて下さい。
玉井宮はよかったですよ(^^)

 

行って来ました~

とても参考になりました。
たくさん写真を載せられているので、「これこれ!」と思いながら安心して巡ることができました。
近くなのに、玉井宮に行ったことがなかったのですが、公園と繋がっていてなかなかよいところですね。
車だったので、今回は 『円満院』に行きませんでしたが、今度は行きたいな~!

nonさま

お返事遅くなって失礼しました。
玉井宮お近くでしたか(^^)
近くだと、意外に行ってみないものだと思います。
公園も、遊具はなかったのですが、
お弁当もってのんびりと、 という感じでしょうか(^^)

円満院は、小さなお寺でした。
駐車場はなかったかもしれません。
私は小さいお寺は好きなのですが、
お隣の「東湖園」に行かれることがあったら、
帰りに寄られてもいいと思いますよ。
プロフィール

るりさやか

Author:るりさやか
岡山から、お出掛け日記を書いていきます!!
岡山県および近県の、寺社巡り中心に更新しています。
自分の記録も兼ねて、写真や情報を載せていこうと思います。
岡山のお出掛けの参考になりましたら嬉しいです♪

旬の花時計
FC2カウンター
鯉と金魚にエサをあげられるブログパーツ

クリックでエサをあげられます

つぶやいてます
 
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
リンク
岡山人ブログ
岡山人ブログ | 岡山のすてきなブログが満載
うさぎTV
木原幸子 夢を紡ぐ人形たち
おかやま歴史の旅百選 
日本すきま漫遊記
「津山瓦版」
津山市のことなら津山瓦版
ひるぜん焼そば好いとん会
ひるぜん焼そば好いとん会ホームページ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。