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岡山のお出掛け日記  津山市  『作楽神社』

津山市 『作楽(さくら)神社』


まずは
津山市の公式HPより

後醍醐天皇と児島高徳を祭神として19世紀に建立。
朝廷から勅号の「作楽神社」という社名が下された。『太平記』によれば、備前国の武将、児島高徳が、
隠岐へ流される後醍醐天皇の奪回しようと船坂山や杉坂峠で試みるも失敗。
この地に宿泊した際にも厳重な警備にはばまれた。
その時に庭の桜の木に無念の句を彫り込んだといわれている。

「天莫空勾践時非無范蠡(天勾践を空しうするなかれ、時に范蠡なきにしもあらず)」と
10字の詩を書いて立ち去った。
これは故事からの引用で、越王勾践(こうせん)が呉王夫差(ふさ)と戦って敗れ、
とらわれの身となっていたのを忠臣范蠡(はんれい)らの努力によって呉を破ることができた、
という范蠡の貢献が称えられている。
児島高徳は、後醍醐天皇を勾践に、范蠡を自分自身にたとえて、帝(みかど)を慰めたとされる。

翌朝、この詩を見つけた警固の賊兵は、その意味がわからず、
ひとり天皇のみ解し「ここにも忠義な家来がいたか」と末たのもしく思しめされた、と伝えられている。

この詩が刻まれた桜は「忠義桜」と呼ばれ、
昭和初期には上記エピソードをもとにした歌が作られ、全国に知られるようになった。




作楽神社は、1871年の創建なので、比較的新しい神社ですね。



作楽神社 26





広い駐車場に車を止めました。
では行ってみましょう。



この一帯は、院庄館跡(美作国守護所)で、広い敷地内に
神社があるようです。





駐車場の横に…



作楽神社 23




作楽神社 24






作楽神社 25








ここから


作楽神社 22





作楽神社 19







作楽神社 20




作楽神社 21







拝殿です



作楽神社 11




作楽神社 10







さざれ石



作楽神社 12







拝殿の横に



作楽神社 3




作楽神社 2




作楽神社 1



作楽神社 4








ちょうど
拝殿の方に向かうように



作楽神社 6




作楽神社 7





作楽神社 8









作楽神社 5






作楽神社 9








作楽神社 13








作楽神社 14







拝殿から向かって左手に
この後方は広場になっていて、弓道の練習をされていました。




作楽神社 15





作楽神社 17



作楽神社 16






作楽神社 18










岡山県神社庁より


 当社は、鎌倉時代に美作の守護職(大名)の館(やかた)のあったところで、境内全体が国指定の史跡となっている(大正11年指定)。
 元弘のむかし、第96代後醍醐天皇が時の執権北条高時のために隠岐に流される途中、
この館にお泊まりになった。
時に、備前の人、児島備後三郎高徳は、天皇を賊から奪い勤王の義兵をあげようとして、
船坂山や杉坂峠で一行を待ちかまえたが、みな失敗に終り、単身この館に忍びこもうと企てたが、
これまた警戒厳重で成功せず、折から館の門の前に春雨にぬれて美しく咲いていた桜の幹を削り、

「天莫空勾践時非無范蠡(天勾践を空しうするなかれ、時に范蠡なきにしもあらず)」と
10字の詩を書いて立ち去った。
 これは,越王勾践(こうせん)が呉王夫差(ふさ)と戦って敗れ、とらわれの身となっていたのを、
忠臣范蠡(はんれい)らの努力によって呉を破ることができた故事によるもので、
後醍醐天皇を勾践に、高徳自身を范蠡にたとえて、帝(みかど)をお慰めしたわけである。

翌朝、この詩を見つけた警固の賊兵は、その意味がわからず、ひとり天皇のみ解し、
ここにも忠義な家来がいたかと、末たのもしく思しめされたということである。

 この故事は、「太平記」に記載せられて、長く国民の胸に深い感動を与えてきたのであるが
江戸時代になって、津山藩の家老長尾勝明は、荒廃していた館あとに碑を建立して、高徳の誠忠を顕彰した。
これは、南朝忠臣のモニュメントとしては全国で2番目に古く、
湊川の「嗚呼忠臣楠子之墓」よりも4年はやく建てられたものである。

 その後、幕末になって、ここに神社を造立しようという声がおこり、
国学者道家大門(どうけ・ひろかど 1831~1890)らの建議により、
藩主を経て朝廷の許可を受け、勅号の「作楽神社」という社名が下された。
 こうして明治2年に神社創建となったのである。
道家大門は、作事奉行として宮の造営にあたり、また初代の祠官として生涯を神明に奉仕した。
現在の社殿は大正15年再建のものであり、社宝には来国行の名刀や児島高徳の木像がある。
約1万坪の境内には文学碑なども多く、地方文化の宝庫、民族精神の拠点となっている。






境内には桜が植えられていて、春は楽しめそうですね。
他にも敷地内には、さまざまな花が植えられてるようで、
時間のある時にはゆっくりと見て回りたいです。



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